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2014年06月09日

ハッパイ先生

    ハッパイ先生





 校舎の二階、6年の教室から見える風景はなんとものどかだ。
 手前に小川が流れ、遠くまで連なる田んぼ、島の端の稜線が見渡せる。
 校舎の塀に沿って続く農道は、途中小川と交差するところが軽く落ち込み、
そこだけコンクリートが敷かれている。そこはいつも踝ほどの水かさで緩やかに
流れていた。空はとにかく青く、白い雲が所々に浮かんでいる。

 5,6歳位の子供たちがふたり水遊びしているのを、母親らしき人がツバの
大きな帽子をかぶり、土手に座り見ている。20mほど離れた場所ではザリガニ
を釣る男の人、反対側では女の人がタライのオムツを洗濯している。
 一帯は夕方になるともっとたくさん集まってくるはずだ。
 

 午後の授業は眠くなる。
 7月に入り暑さが増してくると、窓を全開にしても今日みたいな風のない日は
授業どころではない。僕は窓際の席、外に目をやっているうちにうつらうつらして
きた。



 美崎小学校に今年赴任してきた僕らのクラス担任は20代後半の女先生だけど、
いつも苦虫をつぶしたような顔をしている。ほとんど毎日ジャージ姿で、およそ
女の色気なんてない。おまけに座る時はいつも足をおっぴろげて机から片足を
はみ出しているものだから、一ヶ月もしないうちに僕らの間で、”ハッパイ”と
あだ名がついた。

 このハッパイ、意外と僕らの間では人気がある。休み時間には一緒に遊んで
くれるし、笑った時なんか”きっと別人だ!”と思うほど人が変わる。



 ”パーン!”
 眠気が吹っ飛んだ。目の前で白い粉があがっている。
 黒板に向かっているハッパイは不思議な能力があり、居眠りをしている者は
背中越しでも分かる。ただモノグサな性格の為、その席まで行くことはせず、
たいていチョークで用を済ます。僕も何度か投げられた。コントロールには自信
があるみたいだ。最近チョークの効果がなくなったと感じたのか黒板拭きに
取って代わった。
 今も前の席のひろしが飛び起きたから効果はあるかもしれないが、周りは
いい迷惑をする。


 6時間目はなんと授業がなくなった。
 さすがにこの暑さ、ハッパイは課外授業を思い立ったのだ。この機転の利き
は僕らの思考回路に近い。
 男子が二つの教壇を抱え上げた。それをえっこらえっこら担ぎ、階段を下りると
校舎の裏口から小川を目指した。その後ろからハッパイが女子を従えてついて
くる。


 さっきの母子たちはもういない。
 前をなぜか自転車を担いだおじさんが渡っていく。
 僕らは裏返しした教壇を勢いよく水の中に投げ入れた。そうこの課外授業は
”大切な教壇を洗う”という名目になっている。

 裏返しされた教壇は小舟になる。でもふたりも乗ればすぐに水が板の隙間
から入ってきて沈んでしまう。最初はみんな半ズボンを濡らさないようにして
いたが、途中から小舟をひっくり返してはそのまま水に浸かっている。
 女子はスカートの裾を片手で持ち、裸足で水をけったり男子にかけている。
もちろんハッパイも輪の中にいる。
 水しぶきが大きく飛び散り、太陽の光線で虹ができた。




 一緒に過ごした時間はほんの一年だけど、僕の遠い記憶の淵に今も苦虫顔と
笑顔のハッパイ先生がいる。





                

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