南風の便り

　　　　






　今、嘉手納が熱い！
　旧ロータリー一帯の再開発がほぼ完了し、町並みが見違える
ようにきれいになった。もともと一帯は基地に大半が取られ、
残った場所にひしめき合うように建物が混在していた所で、
商店街から飲み屋街まで平成と昭和の雰囲気が一度に味わえる。
　国道から一番奥は港通り、通称”年金通り”と呼ばれる寂れた
飲み屋街がある。



　”ガチャ！”
　店の中は夕べと同じ風景だ。
　ボクは又一番手前のカウンターに座った。時間が早いせいかママ
もユキちゃんもまだのようだ。夕べのテンションを忘れるにはちょうど
いい。
　カウンターの奥の席、頭のすっかり禿げ上がった常連客らしきを、
たぶん同じ位の年代であろう女性（最近はこういう呼び方をあまり
しなくなったが、いかにもホステスって感じ）が相手している。客は
この時間、もうほろ酔いだ。
　「いらっしゃい！初めまして、よね」
　カウンター越し、おしぼりを出しながら話しかけてきた女性は、
休みだったのか夕べはいなかった。５０歳前後といったとこか。
　「あっ、いや夕べも来たよ。今日ママは？」
　「ほんとに？　あぁ、ママはもうそろそろだと思うよ」
　ママはどうでもよかったけど、ユキちゃんもそろそろだな。
　ビールを注文すると、コップ一杯乾いた喉に一気に流し込んだ。


　正月休み明けの昨日、仕事が早く終わったのと正月中家にいた
せいで、帰宅する前に”ビールでも一杯！”てな気分になった。
ところがいつも行く読谷の小料理屋もスナックもまだ休み。
　〈よし、こんな日はカデナに行ってみよ！〉
　どうせ開いている店は少ないだろうけど、興味があった”年金
通り”へ。
　ところがたまたま入った路地の店が”ビンゴ！”。内地から正月
休みで帰省しているという、ユキちゃんというあか抜けしたカワイイ
娘がいた。そう、文字通りママを手伝った娘だ。
　新年会だけど年齢では法事の集まりみたいなボックス席の団体、
ボクはカウンターでユキちゃんを独占できた。

　
　ママたちが遅い。そうこうしているうちにすっかり出来上がった
常連さんが足をふらつかせながら帰っていった。
　店の中は三名だけ、久しく聴いてなかった演歌のＢＧＭが哀愁を
漂わす。夕べはあんなに賑わっていたのに客の入りも悪い。さすがに
今日からは開いている店が多いせいだろう。
　常連客を相手にしていた女性が、すり寄るようにボクの隣の席に
座った。
　「あい、若～ぐゎ～だねぇ、こっち初めてね～」
　さっきまで流暢な方言だったが標準語を使うと耳障りなビブラート
になる。
　「いえ、夕べも・・」
　”ん？”て顔をしたけど流した。
　こう近くで見るとミゾを埋めている化粧は、腕のいい壁塗り職人の
ようで芸術的といっていい。


　”いい人”を続けて話を合わせていたが、結構しんどくなってきた。
　間を置く為にトイレに立った。
　「ふ～・・ん？」
　ションベンは止まらないので、そのままの姿勢で周りを見渡す。
蛍光灯の明かりの下の光景に思わず、
　「うっそー！」夕べのトイレが鮮明に甦る。
　カウンターに戻ると、何事もなかったようにとりあえずコップの
ビールを飲み干した。
　〈さて、どのタイミングで・・〉パッと閃く。
　「あっ、そうだ！明日の朝仕事が早かったんだ」
　〈演技が下手だなぁ、まあいいや〉
　「う～ん、ごめん、オアイソしてくれる！」
　「えっ、うそ、もう帰るの？ママももう来るよ」
　「いい、いい！よろしく言っといて」〈今来たら困る！〉


　店を出て通りまで歩きながら看板を見た。間違いない。
　どうする？振り向くとまだ律儀な彼女たちが見送っている。通り
まで出ると身を低くして建物の影からもう一度見た。
　さすがに彼女たちはいない。
　「ふ～！何でこんなん気～使わなあかん！」
　関西弁でツッコミながら引き返し”サッ”と隣のドアを開けた。
　「あっ、いらっしゃ～い！夕べはど～も～！」
　ユキちゃんが語尾の高い声でカウンターの中、ニッコリ迎えてくれた。


　・・・酔えない。カラオケも心なしか声が出ない。
　隣の音が聞こえる。ということはこっちのも・・・いやその前に気力の
消耗が激しい。
　「どうしたの今日は？元気がないね」
　「うん、明日仕事が早いんで・・ごめん、オアイソして」
　〈いい演技だなぁ・・ハァ〉