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2014年05月01日

療養所

    療養所





 車は糸満街道、製糖工場があった交差点で左の折れ緩いカーブの
坂を上っていく。左手に慶良間の島々が見える場所で車を止めた。
 辺りを見渡すと、草木が生い茂り、だいぶ風景が変わっている。
 もう30年になるかなぁ・・


 ―結核療養所。
 それは世間から隠れるようにモクマオウ林に囲まれた所にあった。
患者はその昔社会から抹殺されていた時代に比べ、偏見も少なく
なったが、隔離されることに変わりはない。
 法定伝染病、でも・・

 姉がその病気を宣告され、入所した。
 両親は久米島なので時々しか来れず、見舞いは本島にいる僕と兄の
日課に。高校二年の僕は、部活を早めに終えバスに乗る日が続いた。
 家族は悲しみを胸に秘め、努めてこれまでと同じような日常を装う。
 だが、根が陽気な姉の表情が日に日に翳っていく。

 三ヶ月が経ったある日、悲しみはどん底に―。
 「解消して欲しいって・・」
 大部屋病室の一角、涙も見せず婚約者の伝言を言う母、淡々と聞く
気丈な娘。・・家族の時が止まる。
 ほんとは今頃、幸せの絶頂のはずが・・・。

 病棟の窓越し、モクマオウの木の下で同室のおばあちゃんと談笑して
いる姉が見えた。僕に気づいて手を振るその表情は何とも爽やかだ。
 僕はあれから辛くてしばらく見舞いに来れなかった自分を恥じた。
 数ヶ月後姉は退所した。
 健康と引き換えに失ったものを計ることに意味のないことを、誰もが
知っていた。


 ―風が耳元で囁く。
 よく見ると、枝の折れた一本の大きなモクマオウが、僕が来るのを
待ってたかのように立ち尽くしている。
 僕はかつてこの場所で知り合った姉と義兄の、今の幸せを報告した。



 






タグ :結核療養所
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