2017年02月01日
White Valentine
「お~い、こっちこっち!」
奥の席で孝雄が大きな声で手を振っている。隣で由香も笑いながら
手を上げた。声につられるように周囲の目がこっちに向く。
「よお、金城!」
相変わらず可愛くない呼び名で呼ばれた。
「オッス!」
条件反射のように声の主にタッチで応えると、腰を落とし奥へ向かった。
村の成人式後の中学の同窓会。いつの頃からか伝統になっている。
居酒屋の大きな座敷の長テーブルの周りすでに埋まり、中にはとっくに
デキ上がっている者もいる。50名は参加してるだろうか。ほとんど顔見
知りだが、数年ぶりに見る顔もあった。女性は皆ラフな格好に着替え、
男性も式典のままの者は半分程だ。
「遅かったじゃない。どうしたの?」
席に座るのを待たず由香が訊いてきた。
”金城由佳”、”大城由香”。姓、名ともどこにでも転がっているような
名前だが、みんなから”ユカ”で呼ばれたのは”由香”の方だった。
幼なじみで仲良しだけど、性格は正反対で、小さい頃は女の子の中で
自分だけ姓で呼ばれたこともあって、”聖子のようなブリッ子だ!”と
心の中でどことなく嫌っていた。
「うん、ちょっと用事が・・」
何もなかった・・ただ気乗りしなかっただけ。
式典の最中、孝雄に訊こうか迷ったが結局訊けなかった。一時的に
帰省している者がいるから少し期待したのに・・・。
昼間からのテンションのまま思い出話で盛り上がる中、孝雄の方
から思いついたように話が出た。
「そう言えば金城、祐介がね」
「えっ!・・あっ、うん」心臓が飛び出すかと思った。
「あいつも今回出席する予定だったんだけど・・・」
「祐介がどうしたって」
話の途中で由香が割って入った。
「うん、先月東京で会った時は出席できるって言ってたけど、こないだ
電話があって、どうしても仕事の都合で帰れなくなったって」
「ふ~ん、残念だったね。あいつ、仕事してるんだ。何してんの?」
平静を装い訊いた。それと祐介は頭がいい方だったので、てっきり大学
に行ってると思ってた。
「詳しくは分からないけど、何か今流行のIT関係らしいよ」
孝雄は祐介が中学3年に転校してからもずっと付き合いがあるらしい。
やはり男の友情の方が女より絆は強いのかな。いや・・・。
「そうそう、今回は会えないけど、2月に法事があって帰るから、
その時は4名で会いたいなって言ってたよ」
仲良し4人組。孝雄と由香が祐介の話で盛り上がっているのに、
何故か入れない。ふっと天井を見上げた。
「どうしたの?」
由香が顔を覗き込むように話しかけてきた。
「あっ、いや何でもない!」
あせってしまった。それは甘酸っぱい思い出というにはあまりにも
生々しく、舌の裏側を刺激する。
◇
「はい、コレ!」
小さな紙袋に入ったバレンタインチョコ。目がまともに見れず、ぶっきら
ぼうに渡してしまった。去年までは意識もしなかったのに・・・。
祐介とは中学になってあまり話さなくなった。クラスが違ったり、祐介が
孝雄に誘われて入ったバスケのせいもあるが、何となく小学校みたいに
幼なじみ4人組で遊びに行くことはなくなった。
初めて手作りチョコを作った。材料は由香と一緒に買ったが作るのは
家で自分で・・・一個だけ。
女子の間での流行のおかげで最近は本命と義理チョコの区別がつか
ない。祐介も去年までと同じように頭をかきながら、照れくさいというより、
さも儀式のように「ありがとう!」とだけ言った。その仕草はバスケ部の
男子でも一番チョコをもらっているとの噂通りムカつく。
中2のバレンタインデーが終わると、これまで以上に祐介との距離が
できた。どっちかと言えば今度は祐介の方が避けている気がする。
廊下ですれ違ってもあいさつも交わさなくなり、相変わらず楽しそうに
しゃべっているのを遠くから見るようになった。
よく眠れない日が続く。
冷たい雨が降る日が多かった一ヶ月が過ぎ、久しぶりに晴れた今日は
ホワイトデー。
取り立てていつもと変わらぬ日の放課後、さっさと後片付けをすると
ソワソワ女子を横目に教室を出た。廊下を曲がったところ、遠くで由香の
声が聞こえたがそのまま玄関を飛び出した。
家に帰るとすぐに部屋に入りベッドで布団を被った。
しばらくすると、お母さんが部屋のドアを叩いて、
「ユカ、どうしたの?」
「ううん、何でもない。ちょっと気分が悪いけど大丈夫!」
「そう、ならいいけど・・。あっ、それより祐ちゃん来てるよ」
「えっ!」
思わずベッドから転げ落ちそうになった。
「おい、逃げるように帰ることないだろうが」
玄関で祐介は息を切らせて、小学校までと同じ口調でしゃべった。
「どうしたの?」
白々しく玄関ノブに伸ばしたその腕のシワくちゃになった制服の
袖が・・・濡れている。
「はい、コレ!」
小さな紙袋をぶっきらぼうに渡された。
翌朝、
「いってきま~す!」
勢いよく玄関を飛び出した。
外は昨日とうって変って、又雨降りだ。でも今日はどんな冷たい雨
でもへっちゃらだ、うん。制服の胸元に手をあてた。
ガラス細工の水色のかわいいイルカのペンダント―。
それにキスをして、その上からコーヒームース色のマフラーをしっかり
巻きつけた。
中学に入り一度だけ、1年の時、4名で遠出したことがある。
ちゅら海水族館でイルカを見て一番はしゃいでいたのを祐介は覚えて
いてくれたんだ。
早く祐介に会いたい。
昨日は紙袋を押し付けるように渡された後、かけだしていったから、
一言もお礼が言えなかった。水色の水玉模様の傘をくるくる回して、
雨を周りにまき散らしながら学校へと急いだ。
「おはよ~!」
学校の玄関口、向こうから由香が―。いつにも増してニコニコしている。
「あっ、由~香~、おはよう!」
「モー、昨日はどうしたの? 声かけたけど聞こえなかった?」
「えっ、ううん・・昨日は用事があって急いでた、ゴメンネ!」
「そう、まっいい。イコ!」
マフラーを外そうとした手がピタッと止まった。向きを変える由香の
胸元がチラッと・・ピンク・・イルカ・・えっ、何!?
マフラーを巻いたままその場に立ち尽くす。
〈何で・・由香が〉頭が真っ白になった。が、すぐに気を取り直し、
「由香・・ごめん、先行ってて。トイレ行ってくる」
「あっそ!わかった!」
スキップしながらかけていくその背中を指鉄砲で射抜いた。
突然、背中から、
「ワッ!」
「ひぇ!」ビックリして振り返ると孝雄がニヤっと立っている。その
後ろには祐介も―。口元の笑みにドキッとし、つい目をそらせて
しまった。
「何してんの?」
孝雄が廊下に首を投げ出す。幸い、由香はもう見えなくなっていた。
「あっ、イヤ、何でもない!」
そのまま祐介とは言葉も交わさず、その場を立ち去った。
〈何よ、バッカみたい!〉
ピンクガホンメイ・・ギリノイルカ・・掌のペンダントから視線を逸らせた。
教室のガラス窓に見たくない自分の姿が映る。舞い上がった分、
反動は大きく、その姿は滑稽にさえ思えた。
外はあいかわらず灰色の雨が降っている。
当然、その日の授業は何も頭に入らなかった。昨日以上の自己
嫌悪で、今日こそ逃げるように学校を後にした。この冷たい雨に打たれ
たら、すぐ肺炎にかかる気もするが、傘を捨てる勇気はなかった。
翌日、きっちり風邪をひいて学校を休んだ。たぶん体温をきちっと測れば
そうでもないかもしれない。眠れぬせいでちょっと身体がだるいけど、どっち
かといえば登校拒否に近かった。
夕方、由香が見舞いにきてくれたけど、寝ているフリをした。お母さんが
代わりに受取って机の上に置いていったケーキは・・美味しかった。
そして一日で、これも又きっちり治り学校に行った。いや、一日中ベッドに
いることがイヤになっただけ。立ち直りは早いほうだった。
〈そうだ、祐介とはイイ友だちだもんね、うん〉
その日から学校では努めて平凡に過ごした。
由香とも、それから孝雄と一緒にいる祐介ともありきたりな会話を交わした。
時々、祐介が奥歯にモノがひっかかったように話しかけてきたが、さらっと
流した。
そして何事も起こらず、中学3年に上がってからのこと。由香の方から映画の
誘いを受けた。それが意外なことに、4人でとのこと。
でもその真意が分からず、又、せっかく立ち直った自分がミジメになる気が
して断ってしまった。
家にいるのを呼び出されたのは、何故か祐介にだった。結局、映画はナシに
なったとのこと。近くの公園で待っていた祐介は真っ赤な顔で開口一番、
「おい、金城!お前、最近なんかおかしくないか?」
一瞬、圧倒されそうになったが、ゴクッと唾を呑み込んだ。
「何で!?」
冷ややかな言葉が飛び出した。
「何でって・・オレを避けてるだろう!キライならキライってはっきり言えよ!」
言いたいことは山ほどあった。訊きたいことも山ほどあった。
でもうまく言葉にできない。締め付けられる胸の痛みを押さえるのがせいいっ
ぱいだった。”ピンクのイルカ・・”やはり勇気がなかった。
「ゴメン。そんなつもりはないけど・・」〈いいコになってどうする〉
祐介は顔をそむけた。その悲しそうな横顔は今までに見たことがなかった。
そして空を見上げて息を吸い込むと、
「そっか!そうだよな、オレが舞い上がってただけだよな」
「えっ・・」
「わかった・・悪かったな」
むりやり笑顔を作ったその顔から悲しみは消えなかった。
〈どういうこと?〉頭が混乱してきた。
「無理言ったな・・あっ、孝雄も由香も心配してたぞ」
頭の混乱が収まる時間を与えず、
「じゃあな!」
祐介は一方的に言うと、その後姿のシルエットはあっという間に公園出口の
夕焼けの逆光に消えていった。
祐介の転校の話を訊いたのは、その翌日、孝雄からだった。
結局、お礼の言葉も言えずじまい、一番知りたかった最後の言葉の意味さえ
訊けず、祐介は4月の半ば東京に転校していった。父親の仕事が理由だった。
孝雄と由香から誘われたけど見送りには行かなかった。
◇
空はこの時期にしてはめずらしく透き通るような青に、西の方から
うっすらと茜を配している。5年ぶりの公園は入口のすぐ脇にある
桜の木が大きくなった気がする。
ピークを越したとはいえピンクの花が葉っぱより勢力を保って鮮やか
に咲き誇っている。
桜の下のベンチに腰かけると、影になったそこはやはり少し肌寒さを
感じる。ケータイの時計に目をやると、約束の時間まであと10分ある。
そのまま着信履歴に画面を変えた。一番上に登録したばかりの名前がある。
やっとここにきて胸の鼓動は正常に戻った。
公園入口に視線を移す。あの日のシルエットが脳裏に蘇り、そのまま目を
閉じた。だが時計の巻き戻しは一ヶ月前で止まった。
「ところで、金城にずっと訊きたいことがあったんだ」
中々、話に加わらないのに業を煮やした孝雄が無理やり話を振ってきた。
由香は呑むペースが速いせいか、顔を赤らめている。
チューハイのコップを口にあてたまま、とりあえず顔を孝雄に向けた。
「中2のバレンタインデー覚えているか?」
ドキッとしたが、先が読めず、
「ん?」あいまいな返事を返した。
「というより、ホワイトデーだね。お前、祐介から何か貰わんかったか?」
いきなり核心をつかれ、思わずコップを落としそうになったが、
「別に・・何で?」
動揺を隠し、ついでに真実を隠してしまった。
「あっそう。俺はてっきり金城だと思ったんだけどなぁ」
「えっ、何?どういうこと?」
同時に、由香が身体を孝雄にもたれるようにして入ってきた。
「ねえ、何の話してるの?」
孝雄は由香の方を向いた。そして答える代りに、
「由香・・お前、あの時のイルカどうした?」
「・・ああ、アレ。そういえば、どうしたんだろ、ハハ」
〈何で由香のイルカのこと孝雄が・・?〉
ズルイけど、こっちのは隠したまま、孝雄にコトの真相を訊きだした。
ホワイトデーの一週間前、孝雄は祐介から買い物に付き合ってほしいと
頼まれたらしい。
イルカのペンダントが二つあったが、祐介はどうしても水色がいいと
いうので、もう一つのピンクを付き合いで孝雄が買ったとの事。
祐介はいっぱいバレンタインチョコ貰っているけど、又その時は誰にと
言わなかったけど、雰囲気からしてきっと・・〈うん、合ってるよ、孝雄〉
そのあとの話はもう耳の中に入らなかった。
何で祐介を信じてあげれなかったの?
祐介の悲しそうな目を思い出した。明かされた真実が頭の中で交錯し、
酔いと相まって、軽く目眩を覚えた。
そして一時間前、
「もしもし・・」
登録のないケータイの相手はこっちの確認もせずいきなり、
「よっ!元気だった?」
予感はあった。一瞬の沈黙、大人びたその声に涙が出そうになった。
「祐介・・」
「うん。ケータイ番号、孝雄に訊いた」
「そう、今どこ?」
祐介が今日帰ってくることは孝雄に訊いていた。
「おばあちゃんちに着いたとこ。金城・・あっ、もうユカがいいかな。
何してんの?今から会えない?」
もちろん晩には4名で会うことにはなっていたが、
「うん、会いたい・・」素直な言葉が出た。
少し風が出てきたのでベンチを立ち上がり、奥に目をやった。
公園は小さい頃よく4名で遊んだとこだ。ブランコや滑り台より奥に
ある木々に囲まれた水辺のほうが好きで、小学校に入るまでは、
夏になるとそれこそパンツ一丁で水浴びした。
〈そうだ、イルカちゃん水浴びさせよ!寒いかな、ハハ〉
改めて胸に収まったペンダントを前に出した。子供っぽい気もするが、
なんだかうれしかった。
木立ちや水辺の周りはきれいに整備され、子供の頃とはだいぶ様相を
変えていた。昔と違って公園で遊ぶ子供もいない。ましてやこの時期だ
もんね。誰もいない・・・と思っていたら、
水辺のそばの岩に腰かけてる人影・・・。
サクサク・・松の枯枝を踏む音。サワサワ・・風の音。
ドキドキ・・胸の鼓動。すべての音を呑みこんだ。
そこに座るひと周り大きくなった背中が・・・ゆっくり向きを変える。
-了-
Posted by YUU at 19:14│Comments(0)
│短編小説