蒼い夏・・・道子
道子が僕らの前から突然いなくなったのは、僕が小学
2年の夏休み・・・
―西の空、さっき一番星を見つけたところだったのに、
もう茜色が濃紺に変わっている。
僕は心地よい昼間の疲れが残る背中に、コンクリート
の熱を感じながらその声を訊いた。
「道子ー!」「道子ー!」
防波堤から見下ろすと、陸揚げされたサバニの横、
声の主は同級生のお母さんだ。瞬間、僕の脳裏に数時間
前のシーンが甦った。
僕の家の裏手の漁港は岸と岸の間が入り江の砂地で、
潮が引くと格好の海水浴場になる。
今日も陽が翳り始めた頃には大勢集まり、僕も日課の
ようにその中に混ざっていた。
そこで確かに見た・・笑顔ではしゃいでいる道子を。
大勢が見守る中、ダイバーが潮の満ちた暗い海の底で
道子を発見したのは夜遅くだった。
それからふた月ほど経ったある日曜日。
僕は母とリヤカーで父が釣ってきた魚を売り歩いて、
道子の家の前を通った。
縁側でポツンと座っている道子のお母さんが見える。
母が声を掛けるとだいぶ落ち着いている様子、微かな
笑顔で応えてくれた。
「あの子が海で亡くなったのは、きっと・・・」
母にお茶を入れながら、お母さんは独り言のように
話し出した。それは4年前の夏、多くの犠牲者を出した
”みどり丸沈没事件”のことだった。
「実はあの時あの子の兄が乗っていて、何とか救出
されたの。それなのに私は天に手を合わせることすら
しなかった。きっとあの子は兄の身代わりに・・・」
唇をかみ締め、お母さんは天を仰いだ。
―あれから、いくつの夏を数えただろう。
とうに砂地が消え整備された真泊港。接岸した漁船
の間から鏡のような海面を覗く。還暦過ぎの僕の隣に、
あの頃のままの道子の笑顔が・・・。
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