さくらんぼ

YUU

2017年08月25日 12:51

   




 

 僕が学生の頃、田舎の学習塾でバイトをしていた時の話。
 それは小学1年から6年まで二教室を3名の先生で教えている
小さな塾、の~んびりとしていて子どもたちも素直で楽しいバイト
だった。

 ある日、次の授業の準備をしていた休み時間、たまたま教室に
いるのは僕のほかに男の子の兄弟だけ。ポカポカ春の陽気、
子どもたちは外で遊んでいる。
 兄弟は1年生と3年生、とても仲良しでいつも休み時間に
なると弟がおにいちゃんの教室に遊びにきていた。
 おにいちゃんをとても信頼しているらしく、弟は分からないこと
があるとちょっとしたことでも、「ねぇねぇ、おにいちゃん・・」と
聞いていた。 
 その日も僕の耳に何気なしに兄弟の会話が聴こえてきた。
 「ねぇねぇおにいちゃん、ひとつ聞いてもいい?」
 おにいちゃんはマンガを見ながらも「ん?何?」、ちゃんと
弟の話を聞いている。
 「こないだ、さくらんぼ食べたよね」
 「うん、それがどうしたの?」
 手を止め聞き耳を立てながら教室の外を見ると、もう葉桜に
なった見事な桜の木が―。
 「あのさくらんぼって、さくらの何?」
 〈子どもの疑問て面白いなぁ〉僕の耳はさらにダンボになる。
よく見るとおにいちゃんは”えっ?”て顔でマンガから視線を
はずし、その目が泳ぎだした。
 〈ああ、おにいちゃん困っているな〉
 無邪気な弟はおにいちゃんの言葉を待って、首をチョコンと
倒しその顔をのぞくような仕草。
 そしておにいちゃん、一瞬の動揺から立ち直るとニコッと、
 「あのね、さくらんぼっていうのは・・さくらの”んぼ”だよ」
 僕は思わず机からずれ落ちそうになる、がググッと踏ん張り
弟の顔を見た。
 「さくらの”んぼ”。ふ~ん、そっかぁ!」
 〈えっ!〉落ちた。
 弟は何でも知っているおにいちゃんに、それまでにも増して
尊敬のまなざし―。
 他愛のない会話は春風のようにさわやかなだった。


 ―あれから三十年、あの兄弟はどうしているだろう。
 あの頃のままでいてほしいなって思いながらも、今も僕の
頭の中に残る謎・・・
 「ねぇねぇ、おにいちゃん、”んぼ”って何?」

       

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